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先斗町という町などない。

ないんだ(´・ω・`)

実は先斗町は町ではなくて、本当は先斗町通という通り。
で、この通りが醸すものが世界になっている感じ。
だが、それがいい。(ほんとにいいですよ)

喜劇王チャーリー・チャップリンやジャン・コクトーがここの歌舞練場で鴨川をどりを観てた次の年が昭和13年(1938年)、モダン・タイムスの封切りの年。
左側にちょっと見えてるのが先斗町歌舞練場です。

今や映画界は技術や撮影機材や道具だけがやたら進歩し、中身はいろんな意味で劣化した部分があるんじゃないかって気もしますけど、それはきっと表現しようとしているメタファーの部分まで何でも表現できてしまうからしてしまってるんじゃないかと、な〜んてね。

なんとなく含みがなくなって暗喩のようでいて実際には直接表現がやたら多くなってしまったりしてるんじゃないか、というか、まあただそう思うだけなんですけどサーセン。
てか、このところ現実のほうがはるかに激しく凄まじいってのもあるのかもしれないけど。

ただ歩けば、それだけでそこにドラマを見つけるような気がする…。

先斗町の千鳥はカワイイ、日本の意匠っていいですよね。

鯛しゃぶかぶら蒸し鍋、これは寒いうちに食べてみたいんだなあ…。

見ためもおいしそうなきれいな京野菜、美味しいんですよほんとに。

小雨上がりのひと時、台湾人観光客の親子は何を想うんだろ…。

てか台湾人がウルサイ中国人と一緒にされたくはないから喋らない、てのが最近なんかブームになってるの、ほんとに押し黙ってるのよく見かけるのね。
あれ、あんまそこまで無理しないでいいと思うんだけど、ていうか楽しんでくださいと。

やっぱりストリートはいいですよね〜、どこまでが許されるかって判断はシビアなんだけど、最近の改装されたライカのブログに投稿されてるものとか見るとちょっと日本であれは厳しいかなって感じだけど、でもそれがまた日本の電車の中の情景だったりする(笑)

高島屋の千鳥は紙の質が他のものよりもちょっと安っぽく見えて、味があるだとか強い押し出しがあるって感じはしなくてそれなりにチープなんだけど、この千鳥のふにゃふにゃした脱力系な感じが妙にかわいくて好きだったりします。

焼き鳥の串カツとかも食べてみたいんだけど、ぶっちゃけ生ビールとかにアレルギー持ちの inali はとりあえず生中とかの時にちょっと待てしないといけないので、社会不適格というか馴染めないんですよねこれが。
そういうとこでほんとに人生半分くらい損してる気がするんだな〜。

ずっと京都にいても、ここの千鳥の提灯が光ってるのってなぜか見たことがない。
一番端っこのがなくなっちゃってるし。
その上の看板はもっと暗くなれば普通に光るんですけどね。

街灯の底も千鳥になっていて、かわいいくて味があります。

生きてるうちにしか歩けないんだし、美味しいものの飲み食いだってできないんだから。

楽しみましょう(*゜▽゜*)♪

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