
知ってるかい…(´・ω・`)?
とかいうといて、よく知らなかったんですけどね。
アラブニュースジャパンは徳仁天皇即位の前日に公開された日本語で読むアラビアのニュース。
まだ始まってそう経っていない新しい日本語メディアなんですね。
本体の ARAB NEWS は 1975年に設立され、サウジアラビア国内から英語で情報発信をした初めての新聞だそうです。
ちなみに ARAB NEWS Japan のサイトのロゴマークは、マジンガーやデビルマンなどでおなじみ永井豪先生のデザイン。
永井豪作品といえば、グレンダイザー (海外ではゴルドラックだっけ?) などの日本のアニメ、ヨーロッパでの爆発的ヒットのみならず、同時にアラブ世界をも席巻していたのです。
オヤジが息子に無茶して厳しく特訓するのが虐待ってことでフランスでは放送禁止になったような話が…
そういえば inaliがイタリアで見ていた TVアニメはおそらくもう何度も繰り返し再放送されているであろう画面が傷んだ気がする「キャンディ・キャンディ」や「キャプテン翼」でした、もうアニメといえば日本って感じで。
そのもうちょっと前の年にやっていたらしい「グレートマジンガー」なんかに至っては、日本語のルビと歌詞が合わないどころか曲がまるで違うのが印象的。
Il grande Mazinger - Sigla (1979)
YouTube に使用を許可しているライセンス所持者
o2digitale(La Mente di Tetsuya の代理); UMPG Publishing, Ossigeno Srl、その他 3 件の楽曲著作権管理団体
曲は日本のものとは違って、なんかネムい調子…。
というか、音による振動の芸術の一部、十一(juuichi)を、そのアラブニュースジャパンが紹介してくれていたというお話ですよ。
コロナ禍以前の京都の夜。
記事中の写真二点は inali がもうだいぶ前にライカMで撮ったストリートでの十一。

写真が使いたいって話があって、直近に撮っていた十一の活動の様子、聖林寺の十一面観音像御堂修繕のための奉納演奏PVメイキング中の (ChapmanStick:Satoru Tsuji, Soprano vocal:Reika Torii, Quena:Tata Yamashita) のドキュメント写真を送ったんだけど、実際には何かストリートのものが欲しかったみたいで、全然話が合ってなくてちょっとワロタw
けったいなウイルスがあっちこっちに蔓延する前の京都の夜はいい意味で京都らしかったんですよ、いつ誰に出会ってもおかしくない街だから。

そんで、ストロボもフラッシュも使わずに available な環境そのままをライカで撮れば、その時のその場の空気感や光のありようや雰囲気がすごくよく出るんですよ、周囲に威圧感を与えない目立たないサイズもあいまって、ストリートでも使いよい。

世界的に見ても、ChapmanStick を弾く人もまだそんなに多くはいないので、日常あまり見かけないのかもしれない楽器ですが、様々な音楽のジャンルの垣根を超える楽器だといえ、プレイのスタイルも個人によってだいぶ違ってきます。
ジャンルフリーの近代の楽器なので、まともに演奏できるレベルにある限りは、このように弾くことこそが正解だ・こう表現するのが正しいんだ、みたいなものはなくて、無制限に自由で、ただ、なんかええな、だとか、これはすごいなって誰かに本当にそう思ってもらえないことにはどうにもならない。
しかしそれにフォーカスを合わせることだけが本質なわけでもない、結局は演奏者の内面が滲み出てくるというかちらつかせることになるというか、そういう意味で写真家の世界と似ていますね。

暗い中で M を使うとき、主な被写体をただ綺麗に撮ることを目的とするよりも、綺麗に撮れる条件は僅かばかり放棄してでも人工的な光源を追加することは意図的に避け、その時その瞬間の空気感や雰囲気をありのまま映し出そう、被写体も京都を背景とする全体の中の一部として存在させようとする行為は、ただ単純にストロボを持ち歩いていないというのとは違って、ドキュメンタリー寄りの哲学、作り、ヤラセや演出ナシのアイロニーなのかもしれない。
そんな状態でも、他にはないような質感や力強い立体感や空気感が Mボディと Mレンズとの組み合わせで意図したものに近い状態で写真に出てくるということがわかっているので、主な被写体は紛れもなくメイン被写体として存在させることができる、という信頼感があります。

こんな感じで、M で撮るものはライカがミラーレスとして展開している SLファミリーとはまた少し雰囲気が違う写りになります。
35mmフィルムのM型ライカの描写をそのままデジタルでも展開しようとするのがデジタルの Leica M といえ(しらんけど)、M用のセンサーには Mレンズに合わせた独自の工夫がされていてます。
M はカメラ側では特に何もしてくれない。
人が意図を持って動かすまで勝手には何もしない。
感じとしては、プラグにもつなげることができるけど生楽器、みたいなもんです。
で、生楽器と演奏者みたいな関係になるカメラなんて今や滅多にない。
そんな、人が自らの目と手と心で撮らないとどうにもならない M型 Leica おすすめです。
人生の残り時間がまだまだあるとは思っていない人、M は本当にいいですよ。
作りも写りもステルス性も最高やぞ(´・ω・`)
とかいうといて、よく知らなかったんですけどね。
アラブニュースジャパンは徳仁天皇即位の前日に公開された日本語で読むアラビアのニュース。
まだ始まってそう経っていない新しい日本語メディアなんですね。
本体の ARAB NEWS は 1975年に設立され、サウジアラビア国内から英語で情報発信をした初めての新聞だそうです。
ちなみに ARAB NEWS Japan のサイトのロゴマークは、マジンガーやデビルマンなどでおなじみ永井豪先生のデザイン。
永井豪作品といえば、グレンダイザー (海外ではゴルドラックだっけ?) などの日本のアニメ、ヨーロッパでの爆発的ヒットのみならず、同時にアラブ世界をも席巻していたのです。
オヤジが息子に無茶して厳しく特訓するのが虐待ってことでフランスでは放送禁止になったような話が…
そういえば inaliがイタリアで見ていた TVアニメはおそらくもう何度も繰り返し再放送されているであろう画面が傷んだ気がする「キャンディ・キャンディ」や「キャプテン翼」でした、もうアニメといえば日本って感じで。
そのもうちょっと前の年にやっていたらしい「グレートマジンガー」なんかに至っては、日本語のルビと歌詞が合わないどころか曲がまるで違うのが印象的。
Il grande Mazinger - Sigla (1979)
YouTube に使用を許可しているライセンス所持者
o2digitale(La Mente di Tetsuya の代理); UMPG Publishing, Ossigeno Srl、その他 3 件の楽曲著作権管理団体
曲は日本のものとは違って、なんかネムい調子…。
というか、音による振動の芸術の一部、十一(juuichi)を、そのアラブニュースジャパンが紹介してくれていたというお話ですよ。
コロナ禍以前の京都の夜。
記事中の写真二点は inali がもうだいぶ前にライカMで撮ったストリートでの十一。

写真が使いたいって話があって、直近に撮っていた十一の活動の様子、聖林寺の十一面観音像御堂修繕のための奉納演奏PVメイキング中の (ChapmanStick:Satoru Tsuji, Soprano vocal:Reika Torii, Quena:Tata Yamashita) のドキュメント写真を送ったんだけど、実際には何かストリートのものが欲しかったみたいで、全然話が合ってなくてちょっとワロタw artist info
十一(juuichi) Soprano Vocal and Chapman stick.
youtube channel
purchase music
十一(juuichi)の楽曲は bandcamp で視聴・購入がおこなえます。
十一(juuichi) Soprano Vocal and Chapman stick.
youtube channel
purchase music
十一(juuichi)の楽曲は bandcamp で視聴・購入がおこなえます。
けったいなウイルスがあっちこっちに蔓延する前の京都の夜はいい意味で京都らしかったんですよ、いつ誰に出会ってもおかしくない街だから。

そんで、ストロボもフラッシュも使わずに available な環境そのままをライカで撮れば、その時のその場の空気感や光のありようや雰囲気がすごくよく出るんですよ、周囲に威圧感を与えない目立たないサイズもあいまって、ストリートでも使いよい。

世界的に見ても、ChapmanStick を弾く人もまだそんなに多くはいないので、日常あまり見かけないのかもしれない楽器ですが、様々な音楽のジャンルの垣根を超える楽器だといえ、プレイのスタイルも個人によってだいぶ違ってきます。
ジャンルフリーの近代の楽器なので、まともに演奏できるレベルにある限りは、このように弾くことこそが正解だ・こう表現するのが正しいんだ、みたいなものはなくて、無制限に自由で、ただ、なんかええな、だとか、これはすごいなって誰かに本当にそう思ってもらえないことにはどうにもならない。しかしそれにフォーカスを合わせることだけが本質なわけでもない、結局は演奏者の内面が滲み出てくるというかちらつかせることになるというか、そういう意味で写真家の世界と似ていますね。

暗い中で M を使うとき、主な被写体をただ綺麗に撮ることを目的とするよりも、綺麗に撮れる条件は僅かばかり放棄してでも人工的な光源を追加することは意図的に避け、その時その瞬間の空気感や雰囲気をありのまま映し出そう、被写体も京都を背景とする全体の中の一部として存在させようとする行為は、ただ単純にストロボを持ち歩いていないというのとは違って、ドキュメンタリー寄りの哲学、作り、ヤラセや演出ナシのアイロニーなのかもしれない。
そんな状態でも、他にはないような質感や力強い立体感や空気感が Mボディと Mレンズとの組み合わせで意図したものに近い状態で写真に出てくるということがわかっているので、主な被写体は紛れもなくメイン被写体として存在させることができる、という信頼感があります。

こんな感じで、M で撮るものはライカがミラーレスとして展開している SLファミリーとはまた少し雰囲気が違う写りになります。
35mmフィルムのM型ライカの描写をそのままデジタルでも展開しようとするのがデジタルの Leica M といえ(しらんけど)、M用のセンサーには Mレンズに合わせた独自の工夫がされていてます。
M はカメラ側では特に何もしてくれない。
人が意図を持って動かすまで勝手には何もしない。
感じとしては、プラグにもつなげることができるけど生楽器、みたいなもんです。
で、生楽器と演奏者みたいな関係になるカメラなんて今や滅多にない。
そんな、人が自らの目と手と心で撮らないとどうにもならない M型 Leica おすすめです。
作りも写りもステルス性も最高やぞ(´・ω・`)












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